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  • 執筆者の写真梅田夏希

アニマルライツについて

こんにちは、梅田夏希です。


今回はアニマルライツ、すなわち人間以外の動物の権利について私見を語ります。私の意見は以下の通りです。

・畜産動物のQOLは人間より低くてもいい。

・畜産動物のQOLは野生動物より高くあるべき。

・畜産の禁止や縮小はしなくていい。

以下にその思考過程を列挙します。

(写真:Pixabay Capri23auto



そもそも権利とは何か

 

動物の権利について掘り下げる前に、権利とは何かについて解説します。そもそも、権利というものは生きているだけで当たり前に保障されているわけではありません。それどころか、「これが権利だ!」「これは権利ではない!」と決めている人間が存在するのです。恐ろしいですねー。しかし、確かに存在します。現代日本において、それは国家権力です。国会が権利の概要を定めて、内閣が権利の詳細を定めて、裁判所が権利の具体的な適用範囲を決めて、警察などが権利を実現させます。権利とは、権力によって保障された特定の利益のことです。現代日本においてその権力を独占的に保持しているのが国家です。したがって、もしここに国家がなければ我々の権利は今の形では存在しえないことになります。



人間を特別視せざるを得ない理由

 

権利は、誰かが定め、誰かが保障することによって初めて意味を持ちます。権利の内容を定める国会や内閣を運営するのは人間であり続けるでしょう。権利の実現を保障する裁判所や警察を運営するのも人間であり続けるでしょう。権利の運用は、今のことろ人間にしかできません。


そして権利は、人間を対象とした規制しかできません。仮に「動物を殺すと懲役〇年!」という法律を作ったとしても、それを守れるのは人間だけです。この法律に違反して畜産をした人間には厳しく罰を与えることができますが、この法律に違反して狩猟を行った熊に、鷹に、野生のイノシシに、同じ裁判手続きを経て同じ罰を与えることはできません。人間とその他の動物とでは異なった取り扱いをするほかないのです。


体を傷つけられたり罵声を浴びせられたりすれば他の動物も人間と同じように苦しい思いをします。しかし、それでも法律が人間と他の動物を区別して扱っているのは、それが法律の限界だからです



人間は種差別をやめられない

 

人間への加害行為はもちろん許されませんし、法律によって規制されるべきでしょう。犬、猫への虐待も規制されて然るべきです。牛、豚、羊などの畜産動物の権利はどこまで保障しましょうか。では、野生動物は?は?は?は?微生物は?こう考えていくと、どうしても全ての種を救うことはできず、種によって異なる扱いをせざるを得ません。結局は人間が立法、行政、司法のいずれかの手続きを経て保護対象を選別するほかありません。



人間の活動の影響は小さい

 

人間が畜産をしようがしまいが、地球の動物の生態系は殺伐としています。多くの動物種には天敵がいて、明日食うか、食われるか、食くいっぱぐれるかという厳しい現実の中で生きています。動物が動物を食べる弱肉強食のシステムは5億5千万年前から地球上に存在するもので、人間の力でこれを終わらせることはできません。人間もこのシステムの中のごく一部に組み込まれているにすぎず、この枠から抜け出せずにいるのです。



畜産動物は絶滅を免れない

 

畜産動物は、人間やペットと比べると確かにかわいそうですが、野生動物と比べれば遥かに恵まれた環境に生きているように思えます。野生に比べてマシな環境で飼育する限りにおいて、畜産を禁止すべきとは思いません。そもそも牛、豚、羊などの家畜動物は人間が人工的に作り出した種であり、野生には存在しません。これらの種は、種としての歴史上、人間に世話をされていなかった時代はないのです。牧場から解放してあげたとしても野生で生きていく術がありません。野生では飢えに苦しみながら死んでしまう可能性が極めて高いです。仮に人間社会が畜産を止めるとして、これら家畜種をその後どう扱うのでしょうか?



私見とその理由

 

以上より導く私の意見は以下の通りです。


・畜産動物のQOLは人間より低くてもいい。

人間は種差別をやめられません。法律や国家はなおさら種差別をやめられません。これは人間の良心の限界というよりも、権利の限界だと思っています。畜産動物の諸権利を規定するにしても、その保護内容は人間に保障される内容より弱いものにならざるを得ないでしょう。


・畜産動物のQOLは野生動物より高くあるべき。

人間は種差別をやめられません。家畜がかわいそうだ!と思うあまり、野生動物と区別し、野生動物より手厚く保護したくなるのは理解できます。野生動物よりQOLの低い家畜の飼い方は、人間の責任によって縮小・禁止に向かっていけるものと思います。


・畜産の禁止や縮小はしなくていい。

人間は種差別をやめられません。人間が行う畜産と他の動物が行う狩猟で、異なった見方をしてしまうのは必然と言えます。人間が畜産動物に対して責任を負い、野生より良い環境を用意しようと思えるのは人間が飼育しているからこそです。



おしまい。

倫理よりも権利の観点から見たアニマルライツ論でした。

詳しい方々からのお叱りをお待ちしております。

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